福音校区の地層
星岡山、天山、土亀山の地質は和泉層群に属し、星岡山、天山では
地層が観察できます。
土亀山(砂岩)
星岡山(東側露頭)
天山(東側露頭)
この、おおむね砂岩と泥岩が交互の地層のグループは、九州の天草
から四国北部、淡路島を経て紀伊半島にいたる東西300kmに、帯状に
発達しており、近畿の和泉山脈にちなんで名付けられています。厚さ
は、各地域で4000〜7000mと推定されています。
和泉層群は、約1億〜6400万年前、海底に砂や泥などが積もってで
きたものです。そのことは、各地で見つかっている化石から分かります。
昔、海底だったところがしだいに持ち上がって陸地となったところの部
分が星岡山、天山、土亀山というわけです。松山ではほかに、北吉田、
大峰ヶ台、松山城山、石手などで見ることができます。
さて、和泉層群はどのような構造になっているのでしょう。どのようにし
て形成されたのでしょう。
以下、文献から紹介します。
当時、日本列島はまだなく、アジア大陸からすぐ太平洋だった。海岸
沿いの海底に細長い盆地があって、そこに陸からの砂や泥が多量に
運ばれて積もったということ。(※文献1)
砂岩と泥岩のリズミカルな互層は、川によって運ばれてきた砕屑物が
海底に順に堆積してできた地層とはかなりちがった構造。東から西へ
の海底地滑りの結果生じたものと考えられる。(文献※2)
和泉帯は、中央構造線の左横ずれ運動に伴って北側の地塊が引き
伸ばされ、西から東へと段階的につぎつぎと沈降し、同時に砂・泥が
厚く堆積してできたものと考えられる。(文献※3)
文章・写真:仁木雅彦
ぜひ、本でくわしく読んでみてください。
なお、地層の岩石は砂岩が優勢で和泉砂岩と呼ばれ、石材では和
泉石として、砕石して資材に用いられています。
参考文献
※1 「日本列島の誕生」平 朝彦(1990)
※2 「徳島 自然の歴史」奥村 清ほか(1998)
※3 「四国はどのようにしてできたか」鈴木堯士(1998)