(京都市)
写真 西島節子
寂光院
本
堂
平
成
十
二
年
五
月
九
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放
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寂光院は推古天皇の2年(594年)聖徳太子
が父・用明天皇の菩提と天下安泰のために
建立した。本尊の六万躰地蔵菩薩は太子が
父帝のために造ったもので重文である。
旧本堂は飛鳥・藤原・桃山三代の様式を持
ち、豊臣秀頼の改修や明治の日本画家・長
谷川等伯の平家物語の襖絵など貴重な文化
財があったが放火によって全滅した。
寂光院が特に有名なのは、平家物語の
「大原御幸」による。平家一門の冥福を弔
うために建礼門院が住み、後白河法皇が
訪ねてくる話は、哀れで美しくも寂しい。
建礼門院は、16才で高倉天皇の皇后、
22才で安徳天皇の母となった平清盛の
娘、徳子である。建久2年 (1191年) 2月
15日、36才で亡くなった。