お寺の塀が町に溶け込んでいる。
塀越しに多宝塔が見える
 この寺には、次のような話が残
っている。
 石見(島根浜田)の国のお京は、
大阪で要助と結ばれて故郷に帰っ
た。身持ちの悪い夫に愛想をつか
し、長蔵と密通する仲になった。
ことが夫に知れることとなり、責
められた。お京は、長蔵をそその
かし夫を亡きものとした。
 二人は丸亀で所帯を持ったが、
要助の亡霊に悩まされて遍路に出
た。
 立江寺に来て参拝していると、
お京の黒髪が鉦の緒に巻き上げら
れてしまった。住職に悪行を懺悔
すると、頭の皮と髪が残ったまま
はなれた。
 二人はこの地に留まり、仏道に
精進して生涯を終えた。お京の髪
のついた鉦の緒は、今も寺に残っ
ているという。
 このようなことから、四国遍路
の関所と言われるようになったの
だろうか。