の ぐ ち ひ で よ
時代
(1876〜1928年)
出身地 福島県扇島村(現在の猪苗代町)
野口英世
1900年、野口英世はアメリカに渡り、ロッ
クフェラ−医学研究所などで数々の研究成果
をあげ、世界中の人々の命を救いました。
しかし、アフリカで黄熱病の研究中、自ら
感染し51歳の若さで亡くなりました。
野口英世の墓碑には、
「博士は科学の献身により、人類のために
生き、人類のために死せり」
と刻まれています。
エピソード
野口英世は幼少の頃に大火傷した左手の手術を受
けました。その時、医学の素晴らしさを知り、高等
小学校卒業後、手術をした病院の渡辺ドクトルに弟
子入りしました。
英世は、ここでも熱心に勉学に励み、「ナポレオ
ンは1日に3時間しか眠らなかった」というのが口
ぐせで、その言葉通りに実行しました。19歳の時、
医師免許をとりに上京する別れの際、
「志しを得ざれば、再びこの地を踏まず」
という言葉を残しました。
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