2007.3
しま ばら らん
島原の乱の舞台
はらじょうせき
原城跡をたずねて・・・
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<国の史跡>
写真 長崎市南島原市原城跡にて
平成19年3月 寺尾祐美
原城のあった場所は、有明海に面した島原半島
の丘の上です。三方を海に囲まれた自然の要塞に
なっています。大名有馬貴純が明応5年(1496)に
築きました。別名「日暮城」とも呼ばれ大変美し
い城だったそうです。有馬氏が日向(宮崎県)へ移
動になったとき廃城となりました。その後、大和
(奈良県)より入った松倉重政が「一国一城令」に
より島原城を築いたとき原城の石垣を崩して使っ
たと言われています。
島原の乱(1937)では、キリスト教迫害や重税に
苦しんだ天草の農民がこの城にたてこもりまし
た。天草四郎を中心とする一揆軍は幕府軍12万
5000人の大軍勢と戦いましたがやぶれ、3万7千
もの人が亡くなったそうです。この後徳川幕府は
城跡を徹底的に破壊し、鎖国令(1938)を強化する
ことになります。
天草四郎の銅像がたっています。