平 戸 城
松浦鎮信(法印)は、文禄・慶長の役の後、現在の地に
1599年(慶長4年)築城を始めた。しかし、完成が近づいた
1607年(慶長12年)火を放ち城を焼いてしまった。それは
豊臣氏との関係を江戸幕府に疑われるのを嫌ったからだ
という。
鎮信は平戸港を挟んだ北側に「中の館」をかまええ藩庁
とした。ここには明治になって松浦氏の館となった。
写真 長崎県平戸市にて
平成20年3月27日 渡部英綱