唐津・虹の松原
鏡山より
                   17世紀のはじめ、唐津藩主・寺沢広高が新田開発の
                  ために、風による砂を防ぐために植樹を行った。藩の
                  保護のもとに伐採は禁じられた。もし伐採をした場合
                  は死罪という決まりだった。落葉を燃料として取るこ
                  とにも厳しい制限がもうけられていた。その後、藩主
                  が代わっても手厚く管理された。藩政時代は、松原の
長さから「二里松原」と呼んだが、明治になって「虹の松原」と言われるようになったとか。
明治以後は国有林となり、保安林として管理されている。わが国では、珍しく広大な松原とし
てひろく親しまれている。
写真 佐賀県唐津市にて 平成20年3月27日 渡部英綱