動員学徒慰霊塔
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写真 広島市平和公園にて 平成20年4月25日 渡部英綱
国は、労働力の不足を補うため、1944年(昭和19)8月に学徒勤労令を出し、中学生以上の生徒
は軍需工場などでの勤労奉仕を強制された。また、焼夷弾爆撃を防ぐため、建物を取り壊し防火
地帯をつくる作業にも多くの生徒が動員された。この日、広島では、建物の疎開作業を行ってい
た国民学校高等科以上の生徒、約8,400人が被爆し、その内約6,300人が犠牲となった。市内の別
の仕事で業所に出向いていた多くの学徒も犠牲者となったた。
この塔は、被害者名簿作成運動を始めた遺族が、募金をして昭和42年に完成した。