フォスター 作曲
こきょうの人々
階名で歌ったり、演奏したりしてみましょう
                ・  ・
ミ ーー  レドミレ   ド ド ラドー   ソーー ミ ド レーー  ◇
けんばん
楽器
ファ  ー  ー  ー   ラ ー  ファー   ミー  ソファミ レーー  ○
リコーダー
けんばん
リコーダー
   ソ  ー  ー  ー    ラ ー ファー    ミ ー ソ ファーーミーー ○
                ・  ・
ミ ーー  レドミレ   ド ド ラドー    ソ ミド レ レレドーー ◇
けんばん
リコーダー
    ・                  ・    ・
シー ド レ ソ      ソー ラ ソ ド    ド ラ ファ ラ ソーー ◇
レ  ー ー ー       ミ  ー ー ー     ファー ー  ー ソーー ○
けんばん
リコ゜ダー
                  ・   ・
ミ ーー  レドミレ     ド ド ラ ドー    ソ ミド レ レレドーー ◇
ソ  ー  ー  ー      ラ ー ファ ー     ミ ー  ソファ  ミーー ○
☆音符は教科書を見て下さい☆  
<少しアレンジしたリコーダーの曲です>
アメリカの作曲家 スティブン・コリンズ・フォスター(1826〜1864)
フォスターのこきょう
次の歌詞は

「はるかなる
 スワニー河
 そのしも・・・
 ・・・・・・・・・・
 ちちははいます」

 教科書を見て
歌ってみましょう。
 フォスターは、アメリカ独立のちょうど50年後の独立記念日、1826年7月4日に    
 ペンシルバニアのピッツパークで生まれた。
 父は ウイリアム・フォスター、 母は エリーザ・フォスターで、9番目の子ども。

 父は事業家で何不自由のない裕福な家庭生活をしていた。 
 音楽好きの姉がいて2歳の頃からギターやピヤノにさわっていた。

 フォスターが6歳の時、父が事業に失敗し生まれ故郷のピッツパーグを離れなければ
 ならなくなり、ピヤノもギターもなくなった。
 母は、フォスターの音楽の心を育てるためフルートをあたえた。

 フォスターの歌曲は、苦しい開拓者魂・黒人奴隷・南北戦争などが背景に大きく   
 かかわっています。

 24歳で、結婚し女の子も誕生し幸せなくらしになった。
 奴隷差別の罪悪感から転換し、「こきょうの人々」は、25歳の時に作詞・作曲した。

 13歳から37歳でなくなるまで作曲を続け、フォスターの曲は平易で歌いやすく世界 
 の人々の愛唱歌となった。

 最後の曲は「夢路より」で死後出版された。
2004.01.05 作成  Makino.Miyauchi