陶街道 10
大森彦七供養塔
 太平記によると、彦七は1336年(建武3年)、兵庫の湊川の戦いで北朝軍に
参加し、南朝の楠木正成を切腹させる手柄を立てた。しかし、南朝正統論の
影響で悪人とみなされた。故郷に帰った後、正成とその娘の千早姫の怨霊に
悩まされたという。供養塔は、江戸時代の半ばに田中権内によって建てられた。
写真 愛媛県砥部町宮内にて 平成20年6月5日 渡部英綱