旧天神町南組慰霊碑
慰霊碑南側の児童公園
現在の平和大通り
 1945年(昭和20年)年4月ごろから、現在の平和大通り一帯は防火地帯をつくるために、建物
疎開の家屋取り壊しが始まっていた。その最中での被爆であった。このあたり天神町南組は、
爆心地から約420m〜600mだという。この年の年末までに、88名の方々が次々と亡くなったと
いう。この慰霊碑は、旧天神町南組町内会の慰霊碑建設管理委員会が、1973年(昭和48年)に建
立した。
写真 広島市平和公園にて 平成20年4月25日 渡部英綱