正岡子規の両面句碑
  小野を詠んだ正岡子規の俳句二句を両面に刻した句碑が、伊予鉄道の高浜〜
横河原線の平井駅に立っている。平井の両面句碑と呼ばれている。
  副石に「小野を詠める子規の二句を両面の句碑とす・・・・・今この句碑をふるさと
人によって建て、小野の風土のほまれを永久に伝えんとす」 と、趣旨が記されてあ
る。 昭和54年の春、小野文化同志会により建立された句碑である。
  立て札には、俳句の説明・俳句の里城南コースE番などが記されてある。
副石 表面
  郷土の俳人  重松冬楊さんの書
副石 裏面
  発起人・世話人・石工・協賛者
  の氏名
巡礼の夢を冷やすや松の露
  明治24年8月19日〜8月21日の
三日間、友人と三人で、温泉郡川
内の唐岬(カラカイ)と白猪(シライ)の滝
の見物に出かけた時の子規の紀
行文「山路の秋」の中に「途中畑中
村にて、老松の下に憩 う」として、
この句がある。老松とは、平井城址
の兜松であり、与力松以上の巨松
であったが大正8年枯死。
  明治24年8月、汽車は、まだ開
通していなかった。
茸狩りや浅き山々女連れ
句碑は、俳人「村上壷天子さん」の書である。
茸狩りの夢遠き駅に下り立ちぬ   壷天子
  明治33年11月30日の日本新聞
に、発表された中の一句である。
  松茸狩りの詩情を詠った句とし
て、明治42年3月15日発行の
「松山案内」 高浜虚子校閲の平
井駅に、また、大正2年2月28日
発行の 「補遺松山案内」に平井の
句として載っている。
  平井駅では、一日数十貫の松
茸市が開かれたり、松茸狩りのお
客をさばく臨時列車が出たりして、
大変賑わった時代があった。朝の
通学の汽車から松茸が沢山並べ
られた市の様子を見かけた。
写真・資料   宮内マキノ