No.9
ー  エジプト古代文明の旅より  ー
人類の貴重な文化遺産といってよいこのすばらしい巨大神殿は、大建築家インホテップから1200年
後に現れその天才を受け継いだセンムートによって造られた傑作である。ハトシェプスト女王(B.C.
1505〜1484年)が父王トトメス1世と自分用の神殿をハトホル女神の神殿のあったこの谷に造るよう
に命じた。
ハトホル小神殿
鷹の像
銃弾の跡
ディール・アル=バハリの遺跡の情景
 現在の地名ディール・アル=バハリとは『北の修道院』を意味している。その名のいわれとなったキリスト
教修道院は、ハトシェプスト神殿の廃虚を転用した。そのため神殿は略奪破壊から守られた。
 第11王朝時代から墓地として使用されていたが、その後忘れ去られ、500年ほど後にハトシェプスト女王
が自らの神殿を造築したことで再びかつての栄光を取り戻した。
 渓谷の左側全域はメンチュホテプ1世葬祭殿で占められており、山寄りの所にはトトメス3世の大神殿
があった。しかし、建物基底部のみが現存している。一方渓谷の右側はハトシェプスト女王の神殿で占め
られている。
写真・資料 三浦令子
2000.7.30
(エジプトにて撮影)