(へんろ橋コ−ス)
道後村めぐり
道後湯之町4
(5)伊佐爾波神社
い さ に わ
(宝厳寺より南西約300m、徒歩4分で、神社の裏手から境内へ
通じるのが道後村めぐりの順路で近道)
(神社の正面参道を行きたい方は、宝厳寺から西へ真っ直ぐネ
オン坂を下り、つき当たりを左へ折れて、約700mの 辺から
左へ長い石段をのぼる 約10分)
(道後駅からは東へ一本道、12〜13分)
楼門と 回廊の一部
栗
の
花
河
東
碧
梧
桐
こ
ぼ
れ
て
居
る
や
神
輿
部
屋
河東碧梧堂の句(句碑はあり
ませんが、こにふさわしい句
が選ばれてスタンプに・・・)
回廊の一部
斜めから見る楼門入り口と
スタンプ台
表参道の石段
表参道 の 長い石段 (秋祭りには神
輿が勇ましく駆け下ります)
桃山風の豪壮華麗な八幡造りの社殿は、寛文
7年(1667)に3年の歳月をかけて造営された
もので、大分の宇佐八幡宮、京都の石清水八幡
宮と共に、日本3大八幡造りとして、国の重要
文化財に指定されています。他に石灯籠、狛犬、
瑞垣、棟札や鎌倉期の太刀も国の重文に指定。
また、享和3年(1803)から昭和初期に奉献さ
れた「和算の額」22面は、市指定の文化財とし
て貴重な品ですが、風化が進み、読み取れ難く
なってきているようです。
この神社の祭神は、応神天皇、仲哀天皇、神功皇后、他、幾柱かの命(ミコト)と東照大神
です。延久5年(1073) 以来、道後公園内にある 「伊佐爾波の岡」 に社殿が建てられて
いましたが、南北朝時代(1334〜1336)に、河野氏の 居城「湯築城」を造ることと なり、
神社は現在の冠山に移されたと伝えられています。
観光客で賑わう道後の街を眼下に、冠山の頂上の 深い緑と 静かな雅楽の調べに包まれ
て、千年の歳月の重みを感じさせられる、そんな 伊佐爾波神社の たたずまいでした。
写真 渡部英綱