俳 聖 殿
( 三重県 伊賀上野市 )
俳 聖
松 尾 芭 蕉
江戸時代の俳人・伊賀上野の
出身。幼名・金作、籐七郎。
俳号・宗房、桃青、芭蕉。
10才で藤堂家に仕える。23才
の時、主の死により京都へ行き
俳諧や古典を学びながら放浪生
活。1672年、江戸に出て処女選
集「 貝おほひ 」を刊行。
1680年、深川の「芭蕉庵」に
住み、独自の俳風を打ち立てて
枯淡な句境、「わび」「さび」
「しおり」「ほそみ」・・更に
「軽み」・・・と蕉風の完成と
も言える調和美に到達し、近世
最高の俳聖として、今日に至る
まで、俳諧は言うに及ばず、多
くの文芸その他に深い影響を与
え続けている。
「 野ざらし紀行 」「冬の日」
「 春の日 」「 あら野 」
「 ひさご 」「 炭俵 」
「 鹿島紀行 」「 笈の小文 」
「更級紀行 」 「 奥の細道 」
「猿蓑 」 「 続猿蓑 」
( 1644 〜 1694 )
ふる里や 臍のをに泣く としのくれ
旅に病んで 夢は枯野を かけめぐる
1694年、西国へ向かう途中 大阪で病
に倒れ この世を去った。50才。
( 写真 宮内トシ子さん・ 資料 渡部ゆき子 )