松山市道後祝谷
松山神社
山門
勝岡学校跡の記念碑
本堂
 松山城主の加藤嘉明が、1618年(元和4年)湯月八幡宮の境内にほこらを建て、家康公をおまつ
りしました。その後、八代藩主の松平定静(さだきよ)が、1765年(明和8年)松山城下の災いをし
ずめ、国を守るために社を建て東照宮と名付け、城下の鬼門を守る神様として敬いおまつりをし
たのです。
 また、この地には天満神社があり、人々から敬われていました。それは、菅原の道真が筑紫に
左遷(させん)されていく途中、901年(延喜1年)祝谷に寄って温泉に入ったことにちなんでいま
す。人々は、博多の太宰府天満宮から神様を迎え天満神社としてうやまっていたのです。
 1901年(明治43年)になって、東照宮に天満神社を併せたおまつりするようになり、松山神社
と名前が変わりました。
 現在の本殿は権現造りで、1865年(元治2年)建てられたものです。
参考文献・愛媛県百科大事典
写真・資料・編集・制作平成19年  渡部英綱