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画家 八木彩霞
八木 彩霞 本名 八木熊次郎
愛媛県松山市出身
八木 彩霞 (本名 八木熊次郎)
1886.12.5〜1969.12.14
愛媛県松山市北夷子町(現三番町)出身
愛媛師範学校を明治43年卒業
愛媛県内の小学校に大正5年まで勤務
神奈川県横浜市元街小学校に転勤し勤務
大正7年「森永ミルクキャラメル」のデザインを作
成」現在もそのままで80年余のロングランとなる
大正11年明治天皇のご尊像の油彩によるご下
命があり1面は宮内省にもう1面は明治神宮に奉
納し宝物殿に現存
大正11年 松山15代当主久松定謨伯爵の松山
の久松家別邸の建築にあわせて愛媛県松山市
「萬翆莊」の壁画を依頼される 当時のまま現存
大正14年まで横浜市元街小学校に勤務
同年退職ヨーロッパに向かう パリへ留学
ソルボンヌ大学文学部とグランショミール美術学
校に通い日本人会の会員となる
画友藤田嗣冶の紹介で当時モンマルトルの丘に
住んでいた印象派・後期印象派のアトリエに通い
研究
昭和2年帰国以後教育界・画壇にて活躍
帰国直後の昭和2年3月25日に「愛媛県温泉郡
小野尋常高等小学校」(現松山市小野小学校)に
招かれ講演
当時の野中先生が画聖と紹介されたことやシベリ
ヤ鉄道で帰国した話を5年生の時に聞いた記憶
を現在88歳の渡部登先生から聞きました
小野小学校の郷土副読本「ふるさと小野」に彩霞
さんの記事がのっています
父親の故郷である当時の小野村北梅本を
しばしば訪れており民家に思わぬ絵が
たくさん残っています
松山市小野支所の「夫唱婦随」
昭和17年頃の作
萬翆莊の二面の壁画
三坂峠より道後平野を望む
神奈川こうもり台場の絵
2004.03・28作成 宮内マキノ
※時代時代に「坂の上の雲」をめざした人たちがいます