野村町・肱川町
内子町・五十崎
長浜町
肱川流域の筏(いかだ)流し
 いかだ流しは、明治20年ごろ盛
んになり、大正年間と昭和10年ご
ろまでが最盛期だった。
 私の小学生時代(昭和19〜24
年)もよく赤橋のたもとの江湖にい
かだが浮かんでいた。そのいかだ
の上でよく遊んだものである。
 いかだは、宇和川筋と小
田川筋の両方から行われ
ていた。『一流れ』は12棚
で長さはおよそ50mほどに
もなる。3〜4流れで出発
する。小田川との合流点鳥
首までは、一流れに2人が
乗る。そこから、終点の長
浜までは一人旅である。普
通、肱川町の予子林からだ
と3日。水の流れによって
は5日もかかった。帰りは
帆掛け舟。昭和の10年代
からは自転車である。
 写真は、平成11年9月に行わ
れた肱川町の『川サミット』のと
きのものだが、左の写真は、内
子町大瀬で行われているいかだ
流しである。これは、12棚のも
ので、これを2人。最終的には1
人で流していた。
 木材は、『伊予の小丸太』とし
て、西日本をはじめ海外にまで
輸出されていた。当時、長浜
は、和歌山県の紀ノ川の新宮、
秋田県の雄物川の能代ととも
に、日本三大木材集散地といわ
れていた。長浜の木材市場は大
正の初めから西日本の価格水
準を決めていた。
井内  功
H.13. 1. 5