愛媛県長浜町には、国の重要文化財に
指定されているものが2つ、登録有形文化
財が2つあります。
 これらを含めて町内の名所旧跡を写真で
紹介します。
36ー今坊
 滝山城(田風呂喜城)は
標高300m、伊予灘から
中国の山並みを展望でき
る地形にあった堅固な山
城であった。貞治2年(13
63年)、奥州藤原氏の流
れをくむ久保隠岐守頼春
を初代城主とし、5代城主
道春が、応永22年(141
5年)慈光寺を創建した。
(写真左)
 豊臣秀吉の四国討伐の
とき、久保家は城を出て
一介の野人となり、城主
主従は貧乏のどん底にあ
えいだ。
見晴らしの良い場所に立っている慈光寺
 1600年(慶長)ごろになって、子孫が今坊と双海
町串で庄屋としてとり立てられた。
 左の写真は、新谷藩今坊庄屋が書き残した『久
保家文書』である。新谷藩関係資料が少ないので、
この文書は価値ある資料である。
(町の文化財に指定されている。また、現在、長浜
史談会の方々が、この文書を使って古文書の勉強
会を開いている。)
 慈光寺からの眺めはよく、伊予灘と遠く中国山地
の山並み等とても素晴らしい。右下の写真は、慈
光寺から見た喜多灘小学校である。
 喜多灘小学校は、明治9年(1877年)慈光寺内
に純粋小学校として開校した。そして、明治14年
3月まで慈光寺内で学習した。
 左下の写真は、JR喜多灘駅前に造られた、(国
道378号線)展望台公園である。
井内 功
.H.12.12.20
↑ 喜多灘小学校
慈光寺と久保家文書