愛媛県五十崎町の名所・旧跡や文化財等
を写真で紹介します。なお、小学校区(旧町
村)を単位として五十崎・天神・御祓の三地
区の順に紹介します。
11ー宗光寺
 宗光寺は、五十崎城主修理
太夫宗光の菩提寺であるとこ
ろから、『宗光寺』という。享禄
(きょうらく)年間ごろ(1528〜
1531)建てられたが、曽根氏
に敗れたあと無縁寺になって
いた。
 その後、元和年間(1615〜
1623)当時の庄屋栗田宗徳が
再興したとされている。
 御本尊の阿弥陀如来立像、
脇侍立像である観世音菩薩立
像・勢至菩薩立像は県の有形
文化財に指定されている。
 宇都宮氏が滅びたあとの城
主河内駿河守吉行の菩提寺で
もあり、その墓が町の有形文
化財に指定されている。
 龍王城は、長宗我部と組
んだ曽根氏に滅ぼされ、そ
の家臣河内駿河守吉行が
城主となった。その吉行の
墓がある。町の有形文化財
に指定されている。
 岡崎治郎左衛門の墓は、宗光
寺の共同墓地にある。
 共同墓地
には、上町
地蔵堂があ
る。  ⇒
H.13. 3.21
井内 功
内子町
宗光寺


肱川町
大洲市
宗光寺
山門
 写真右の仏像は、鎌倉時代前期
の作で、阿弥陀如来立像・観世音
菩薩立像・勢至菩薩立像のヒノキ
の寄木造である。
 作風は見事で、ことに中尊は、張
りのあるみずみずしい肉どりを示す
面相に、納衣の衣文も巧みに快慶
風の特徴が顕著である。
 中央の阿弥陀如来立像は現在修
理中なので、修理前の写真をお借
りした。県の有形文化財に指定さ
れている。
 大洲藩お抱えの
紙漉(す)き師で大
洲半紙の始祖であ
り、土佐紙技術導
入者である。岡崎紙
は藩主の専用紙で
庶民には普及しな
かった。寛文5年
(1665)1月27日に
亡くなっている。墓
は、文化財に指定。