愛媛県内子町の名所・旧跡や文化財等
を写真で紹介します。なお、旧町村を単位と
して内子・満穂・五城・立川・大瀬・の五地区
の順に紹介します。
36ー曽我十郎首塚
日本の歴史上三大仇討
ち(あだうち)の一つ、曽
我十郎祐成と曽我五郎時
致(ときむね)兄弟の仇討
ちは、建久4年(1193)富
士の裾野(そその)におい
て、父の仇(かたき)、工藤
祐経(すけつね)を討ち
取ったが、源頼朝に捕らえ
られ処刑された。
曽我十郎神社大祭恒例の武者行列に
は、手作りログハウス調のみこしも加わ
り、大瀬剣道会の子供たちが後に続き
祭りを盛り上げている。(写真右上)
曽我兄弟の郎党(ろうと
う)鬼王道三郎は、主人十
郎の首を盗み、故郷である
宇和島の鬼が城に持ち帰
ろうとした。ところが運悪く
海路が思うように行かなく
なり、上灘に上陸。山を越
えて中山に着き、さらに山
を越え大瀬にたどり着い
た。時期は6月、首の形が
崩れ始め、仕方なく人知れ
ぬ山の田の中に埋めて、
石を積み塚の形にした。こ
れが、曽我十郎首塚であ
る。石の裏側には、曽我十
郎祐成と彫ってある。
双海町
中山町
広
田
町
曽我十郎首塚
13.9.3
井内 功
○
曽我十郎首塚
大
洲
市
曽我十郎首塚
小
田
町
五十崎町
大瀬、川登地区の集会所にある阿弥
陀如来のいわれは次のとおりである。
町の文化財に指定
現在集会所になっている
いかだ流しを再現
○
柳瀬の阿弥陀如来
弘化3年(1846)阿波国の藤原督覧(とくみ)が四国88
箇所巡礼の途中、この地で世話になったお礼に彫ったもの
である。高さ40cmの寄木造りである。(写真左下)
川登に廃寺があり、道行く人々の参拝所や休み場となって
いた、この廃寺には、六地蔵をはじめ大きな自然石で作った
手洗いなどが今も残っている。(写真下の中央)なお、ここで
は毎年、写真右下のようにいかだ流しを再現している。
柳瀬の阿弥陀如来